ゼロカーボン(カーボンニュートラル)に向けて一人ひとりが主役となるための勉強会。
第7回のテーマは「建物の断熱と気密」。
環境・経済・健康など様々な面から私たちの生活に幅広い影響を及ぼす建物の性能について学びました。
場所:オンライン(Zoom)
参加者:53名
気候変動と家庭で使うエネルギー
はじめに、パタゴニアの坪井さんから、本日のテーマ「断熱と気密」が気候変動とどう関係するのか、家庭で使うエネルギーがどうなっているのかお話いただきました。
1981年以降の白馬村の気象データを見ても、年のよって増減はあるものの、気温が上がり降雪量は少なくなっているのがわかります。
1980年代には最高気温が30℃に届かない日もあったりしたようですが、最近では34℃など高温になる日が増えていて、降雪量についても直近の5年間は特に少なくなっています。
天気予報などで使われる各気象台の平年値が、最新値(1991年〜2020年)に10年ぶりに更新されましたが、長野地方気象台の平年値は気温が0.4℃上昇し、降雪量は38%減少しました。
温暖化を止めるために、長野県はゼロカーボン戦略を策定し、各種目標値を設定しています。
戦略が公表される直前に、中学生や高校生も含めて白馬でゼロカーボンに取り組んでいる団体が阿部知事と意見交換する機会があり、阿部知事からは「県で計画などを策定しても地域の反応や取り組みを知る機会があまりないが、こうして地域の活動を知ることができてとても心強い」とおっしゃっていただきました。
気候変動を止めるためには、政策として出てきたものを住民として受け止めて実行していくことが大切になります。
長野県気候危機突破方針によると、長野県全体で使われるエネルギーの21%が家庭から排出され、そのうち部屋の空調が約20%を占めています。
それをどれだけ減らせるかということが、建物の断熱・気密に関わってくるということで、本日のテーマを設定しています。
家庭でできるエネルギー削減方法として、屋根にソーラーパネルを設置する、電気自動車やハイブリッド車に乗り換える、車ではなく公共交通や自転車を使う、電気を再生可能エネルギーに切り替える、地域のものを食べる、生ゴミは燃やさずにコンポストで処理することなどがあります。
家庭部門で使われているエネルギー3.9万TJ(テラ・ジュール)を2050年までに1.1万TJまで減らさなければなりません。
「住宅の92%は断熱不足」というコメントが書かれていますが、使うエネルギーを減らすためには住宅の断熱性・機密性を高めて省エネ住宅を増やしていく必要があります。
約700年前に書かれた徒然草にも「家を作るときには、夏の住みやすさを優先して作るのがよい」という言葉があり、日本では風通しが良く夏に快適に過ごせることを重視された住宅が多く作られてきました。
学校の教室も断熱性能が不十分で、冬は窓際が寒かったり、温めた空気がすぐに逃げてしまっている状況ですが、白馬高校では生徒たちが自ら教室の断熱改修を企画・提案し、地域の人たちと実施しました。
続いて2020年9月の断熱改修ワークショップについて、
白馬高校断熱改修ワークショップ
白馬高校断熱改修ワークショップについては、以下のページからご覧ください。
建物の断熱と気密
今回の本題である「建物の断熱と気密」について、「⼈材・建材・エネルギーの地産地消を⽬指し、地域住⺠の⽣活を向上し社会貢献する」という企業理念を掲げて白馬村で工務店を営む、株式会社守破離の代表を務める横山義彦さんからお話を伺いました。
長野県の化石燃料輸入総額は、2,904億円と推計され、長野県内総生産8.6兆円の約3.4%がエネルギー調達のために海外に流出してしまっています。(2018年)
長野県内の宿泊・飲食サービス業の売上3,132億円とほぼ同等の金額に値します。
エネルギーコストを抑えて国内・県内に循環させれば、県民の生活はより豊かになるのではないでしょうか。
県民所得は2006年から2018年までの12年間で7.4%増加しましたが、光熱費は21.9%上昇していて、燃費の悪い住宅で暮らしていると光熱水費が家計を圧迫してしまうことがわかります。
ゼロカーボンを実現すると、地球温暖化防止など環境負荷の改善だけでなく、経済の域内投資や地域の活性化にもつながります。
日本の住宅の性能は決して高いものではなく、冬季の寝室の平均気温は10℃前後で、イヌイットが暮らすイグルーよりも寒いと言われています。
また、ドイツでは基本的人権を損なうという理由で、室温19℃以下の物件は賃貸できないこととなっています。
日本の賃貸物件情報は、家賃や間取り、駅からの距離などが記載されていますが、ドイツでは断熱性能や光熱費の目安が記載されていて、住民もそれを目安に住宅を選んでいます。
その他の国でも、イギリスでは16℃を「呼吸器障害や心疾患など深刻なリスクが表れる温度」として示し、アメリカでも州によって冬季夜間に維持すべき温度を13〜15℃程度で示すなど、室温が重要視されています。
ナイチンゲールも「看護で最も重要なことは、患者が呼吸する空気を患者の体を冷やすことなく、外気と同じ清潔さに保つことである」という言葉を残しています。
日本と世界の断熱基準の違いを見てみましょう。
縦軸はUA値という家の断熱性能を示し、数値が小さいほど断熱性能が高く、数値が大きいほど断熱性能が低いということになります。
横軸は温暖デグリーデー(暖房期間における1日の平均室内温度と外気温の差に暖房日数を掛け合わせたもの)で、数字が大きいほど寒い地域ということになります。
グラフ上部の1〜8地域というのは日本の地域区分で、黒い太線が日本の基準となっています。
欧米では温暖な地域でも高い断熱基準を定めていますが、日本は以前よりも厳しい基準になったものの、まだまだ諸外国に比べると緩い基準となっています。
北海道は1〜2地域で、白馬村は東北地域などと同じ3地域に区分されていて、3地域の断熱基準はUA値0.56以下と定められています。
黒い線は最低限の基準で、さらに高い基準でHEAT20のG1/G2という基準が設けられていて、意識の高い工務店ではG2クラス以上の断熱性能を目指して建築しています。
都道府県別の冬の最低気温の平均値を見ると、北海道が最も寒く、長野県は2位で、3地域で最も寒い場所となっています。
都道府県別の1月の室温(いつもいる部屋)のランキングを見ると、北海道が20.7℃と沖縄県よりも高く1位となっているのに対して、長野県は17.5℃で47都道府県中最下位となっています。
薄着のランキングを見ても、全館暖房が多い北海道は薄着のため3位ですが、長野県は40位です。
厚着のランキングを見ると、長野県の5位に対して、北海道は最下位となっています。
住宅の省エネルギー性の優劣を定める基準として、UA値とC値というものがあります。
UA値=断熱性能(熱の逃げにくさ)
C値=気密性能(隙間の大きさ)
をそれぞれ表しています。
長野県が含まれる3地域における国の省エネ基準はUA値0.56以下ということになっていますが、北海道の省エネ基準を超えてHEAT20 G1を目指すためには、断熱材を厚くしたり高性能のものにするなどしてUA値を0.38以下にしなければなりません。できればUA値0.28を達成してG2クラスを目指していかないと、2050年にゼロカーボンが達成できないのではないかと思います。
C値は隙間を表す指標で、隙間が大きい家は室内の空気が外に逃げてしまったり、外の空気が室内に入ってきたりしてしまいます。
隙間が大きい家は隙間を限りなくゼロに近づけることが重要ですが、既存住宅の気密性を高めるのはなかなか難しいというのが実情です。
断熱性能が高くても隙間がたくさんあると、床下や窓の周囲から冷気が入ってきて、室内の温度差が大きくなります。
断熱性と気密性が高ければ、2階建てで吹き抜けがあるような空間でも、上下の温度差は少なくなります。
高気密・高断熱住宅では、部屋ごとの温度差も少ないため、ヒートショックの防止も含めて健康被害を抑えて医療費の削減にもつながります。
日本の住宅の多くは局所暖房で、トイレやお風呂場の温度が低く、温度差から体に負担がかかってしまいます。
日本では交通事故による死者よりもヒートショックで亡くなる方が圧倒的に多いという状況です。
建物の修繕やリフォームで一部を壊すときによく目にしますが、壁の中で水分が飽和状態になると、室内結露が生じて断熱材や躯体を濡らしてしまいます。そこからカビやダニが発生し、人体への影響が懸念されます。
湿度60%以上でカビやダニが増殖すると言われていますが、夏は窓を開けていると湿度が80%くらいになると思いますので、カビやダニが発生しやすい状況になっています。
近畿大学建築学部の岩前先生によると、健康改善効果は禁煙や運動よりも断熱改修の方が大きいということです。
1世帯あたり年間27,000円の医療費削減効果があるという試算も出されています。
厳冬期の2月に建物を外からサーモグラフィで撮ったものですが、どちらが断熱性能が高い住宅だと思いますか?
右側の建物は熱が外に逃げてしまっていますが、左側の建物は熱が逃げていない状態で、断熱性・気密性が高いということがわかります。
軒先に氷柱ができるということは、小屋裏(屋根裏)に温かい空気が逃げてしまい、温められた屋根雪が融け流れて、軒先で冷やされて氷になっているという状況です。
昔の家はそういった家がほとんどでしたが、最近では屋根雪がなかなか融けずに残っている高断熱・高気密な住宅が増えてきています。
低断熱・低気密と採暖から脱却しましょう!我慢は美徳ではありません。
次に、住宅の燃費についてお伝えします。
住宅の省エネルギー性能は、シミュレーションソフトを使って設計段階から予測をすることができます。
どれくらいの断熱性能を目指すのか、ゼロエネルギーハウス(ZEH)やパッシブハウスを目指すのか、予算と相談しながら逆算して断熱材や発電や冷暖房の設備、窓の大きさや屋根形状を決めて、効率良く建てることを推奨します。
省エネ住宅は初期費用がかかりますが、光熱費なども含めたトータルコストで考えてお金の掛からない快適な家づくりを提案したいと考えていますし、皆さんに知っていただきたいと思っています。
熱エネルギー=お金と考えて、冷暖房をどうするか考える前に、家の性能である断熱性・気密性を高めることにお金を使いましょう。
室内の熱は、窓から48%、壁から19%、換気で17%、床から10%、天井から6%が逃げていると言われています。
既存住宅のリフォームをする場合には、まずは窓から逃げる熱の対策を施すことを推奨します。
最後に、利用できる優遇制度についてご紹介します。
何かわからないことがあれば、お答えできる範囲で対応しますので、お気軽にお問い合わせください。
質疑応答・感想
既存住宅の断熱・気密を改善するのは手間がかかると思いますが、どのような取り組みが可能ですか?
窓からたくさんの熱が逃げてしまうので、サッシを換えたり内窓をつけたりすることが良いと思います。ケースバイケースですが、もう少し費用をかけられるのであれば、天井裏や床下、隙間風などを検証して対応していくのが一般的な手法になります。
既存住宅を改修する場合、改善効果を表すエネルギーの計算はどのようにするのでしょうか。
図面があればソフトで計算することも可能ですが、古い建物は気密性が低いので、計算結果が正しいとは限りません。既存住宅で床下の気密を取りにくい場合には、気密と断熱を改善できる硬質ウレタンを吹き付けるのも一つの選択肢です。
新築の場合はグラスウールが良いと思いますが、断熱材は適材適所であるため、現場によって何がベストかは異なります。
白馬村は雪が多いですが、屋根にソーラーパネルを設置することについてはどうお考えですか?
ソーラーパネルの設置よりも住宅の断熱性能を高めることを優先した方が良いと考えます。
県産材の利用も可能ですか?
事前に希望を伝えておけば、対応してもらえると思いますし、県産材の補助金の対象になる可能性もあります。
ウッドショックの影響はありますか?
様々な木材の値上がりや販売数の限定などが続いていて、厳しい状況にあります。
白馬高校の断熱改修ワークショップが周囲に与えた影響はありますか?
県内から大工さんが手伝いに来てくれて、情報交換ができたり、輪が広がったと感じています。
白馬の小学校でも断熱改修を検討している状況です。
既存住宅については、持ち家と借家それぞれでアプローチが違うかと思いますが、不動産業者との連携(断熱性能の違いを消費者にPRする、住宅の寿命を高めるなど)の可能性についてどうお考えでしょうか?
将来的に、白馬でもエコタウンができたらと思っています。パッシブハウスレベルの高性能住宅で、エネルギーも共有しあって新しい街並みを作るような取り組みをしてみたいと思います。
※参考:エコタウン椿(山形県飯豊町)
*白馬高校の断熱改修にご協力いただいた竹内先生が監修されています。
断熱性能の高い住宅を増やすために良い作戦はありますか?
体感してもらえるような建物が常時用意できれば良いのですが、なかなか思うようにいかないのが現状です。
昔の住宅は隙間が多いということでしたが、どのような隙間が多いのでしょうか。
昔の住宅は床下と壁の間など、構造的に隙間が多いものが基本的な造りとなっていましたが、最近は気密性が高い構造で作られています。
新築であればC値が0.5くらいであれば良いと思っていますが、昔の住宅はC値が5〜7くらいのものが多いと思います。
コロナで換気が大事だと言われていますが、断熱と換気を効率よく行うにはどうすれば良いでしょうか。
日本の建築基準法では1時間に0.5回換気しなければならないと定められていて、熱交換しながら換気を行うこともできます。どこまでお金をかけるかということも含めて、それぞれの事情や状況によります。
お知らせ
次回は9月30日(木)、時間は未定なので決まり次第お知らせします。
テーマは「消費から考えるゼロカーボン(仮)」です。
持ち込みネタも大歓迎ですので、お気軽にご連絡ください!